認知症は物忘れや妄想、徘徊といった症状が注目されがちですが、実は「転倒しやすい」という点も見逃せません。
高齢者の転倒は一度で寝たきり状態になることもあるので、油断は禁物。とくに認知症を発症すると歩行やバランスを保つ能力が低下して転ぶリスクが高まるため、注意が必要です。
今回は、そんな認知症の方の転倒について詳しく見てみましょう。認知症の方は、健常な高齢者に比べて2倍以上も転びやすいといわれることもあり、要注意。
大きな怪我を負う前に、転倒しやすい理由や予防の重要性、転びやすい場所などを確認しましょう。
転倒を予防することは、認知症の方、介護者双方のQOL(生活の質)の維持につながります。介護者が気をつけるべきポイントも掲載するので、チェックしてみてくださいね。
認知症の方が転倒しやすいのはなぜ?
内閣府が行った転倒事故に関する調査によると、転倒したことがある人の割合は、およそ20%。5人に1人は転倒を経験したことがあるとの結果が出ており、他人事ではありません。
しかも、その割合は年齢が上がるほど高くなり、85歳以上の方に絞ると4人に1人以上の割合となっています。
ただでさえ高齢者は転びやすいといえますが、実は認知症の方は健常な人に比べて転倒のリスクが2倍以上も高いのだとか。その原因とは何でしょうか?
運動機能の低下
年齢を重ねると誰しも運動機能が低下しますが、認知症の方はその傾向が顕著。とくに歩行に関しては、認知症の症状が軽い初期のうちから歩くスピードなどに影響があるとの報告もあるほどで、転倒のリスク大です。
同様に、筋力の低下から身体のバランスも崩しやすくなることや、瞬発力や柔軟性などが衰えていることも見逃せません。
加齢とともに本人が思っている動作と実際の動作に差が生まれ、思ったとおりに動けずに転倒してしまうといったことも起こりやすくなります。
認知機能の低下
認知症の進行とともに注意力や判断力が低下すると、階段を階段と認識できなかったり、滑りやすい場所に気がつけなかったりといったことが起こりやすくなるため、転ぶリスクが急激に高まります。
普段なら転ぶはずのない段差につまづいたり、傾斜のある場所を判断できずにバランスを崩したりといったことが増えるので、要注意 。
さらに、自身の歩行が不安定な状態であるにもかかわらず、記憶障害によってそのこと自体を忘れてしまい、無理な歩行をして転倒するケースも少なくありません。このような状態では介護者の見守りや付き添いが必須となるでしょう。
空間認知機能の低下
認知症によって空間認知機能が低下すると、視力低下がないにもかかわらず、物と物との距離や位置関係の把握が難しくなるといった症状が起こります。
これによって、遠くに見えていた障害物が意外と近くにあってぶつかってしまったり、低いと思っていた段差が思っていた以上に高くつまづいてしまったりと、転倒の原因に。
視力検査では異常が見られないので介護者も気づきにくいですが、とくにアルツハイマー型認知症では特徴的な症状のひとつなので、注意しましょう。
妄想や幻覚
認知症の行動・心理症状のひとつ、妄想や幻覚も転倒リスクを高める要因になります。例えば、 存在しないはずの物や人が見えて混乱したり、妄想によって急がなければならない状況だと思い込んでしまったりするケースがそれに当たります。
いずれも正常な判断がしにくい精神状態での歩行は危険ですので、立ち上がる際は付き添ったり、症状が落ち着くまで座って待つよう声掛けしたりしましょう。
このような症状は、とくにレビー小体型認知症で見られる特徴的な症状です。小刻み歩行や震えといったパーキンソン症状も合併していることが多いので、歩行の際はとくに注意しましょう。
薬の副作用
認知症の治療に使用される薬は、副作用として転倒リスクを増加させる可能性があります。副作用にめまいや立ちくらみが挙げられている薬や、新たに服用を開始する薬は注意しましょう。
また、認知症の行動・心理症状が強い場合は精神的な不調を緩和するために、抗不安薬や睡眠薬などを使用することがあります。これらの薬は精神を安定させるメリットがありますが、同時に眠気や意識のもうろうとした状態を引き起こすことがあるため、歩行が不安定になりがち。
とくに代謝機能が低下した高齢者は、思わぬかたちで副作用が出ることもあるので、普段歩行に心配がない方でも、より一層注意しましょう。
認知症の方は「転倒予防」が必須!
このように、ただでさえ転倒しやすい高齢者の中でも、認知症の方はとくに気をつけなければなりません。ここからは、認知症の方が転倒予防に努めるべき理由について見てみましょう。
寝たきり状態を回避する
健常な若者が多少転んでもかすり傷程度で済みますが、高齢者はそうもいきません。加齢に伴って骨の質量が減少し、骨の構造が脆くなる「骨粗鬆症」が生じていると、一度の転倒で骨折してしまうこともあるのです。
高齢者は骨折によって安静状態が続くと、使われない機能が急速に衰える「廃用症候群」を招き、あっという間に寝たきり状態になってしまうことも少なくありません。
とくに認知症によって理解力が低下している場合、回復に向けたリハビリテーションも思うように進まないことが予想されます。寝たきりを回避するためにも、 “転ばない” ことが何より重要です。
QOLの低下を防ぐ
骨折・寝たきり状態を回避できたとしても、転倒による身体の痛みや精神的なショックは続きます。
転倒への恐怖心から活動量が低下してさらなる身体機能の衰えを招いたり、「以前転んだところがずっと疼く」「杖を使うことになって煩わしい」といった状態になったりすることも少なくありません。
恐怖心や身体の痛みはQOL(生活の質)を大きく低下させる要因になるので、このような事態を避けるためにも、できる限りの対策をとって転倒を防止しましょう。
ここからは、転倒しやすい場所や転倒を防止するためのポイントをご紹介します。
認知症の方は要注意! 自宅で転倒しやすい場所とは?
まずは、自宅で転倒しやすい場所を見てみましょう。内閣府が実施した高齢者の転倒事故に関する調査をもとに、転倒しやすい順にご紹介します。認知症の方はリスクがさらにアップするので、要チェックです。
【庭・玄関】
高齢者が転倒した場所として最も多いのが「庭・玄関」です。それぞれ26.5%、19.0%と、この2箇所でおよそ半数を占める結果に。
庭は段差や小石、植木や鉢といった障害物が多さや、その時々によって足元の状況が不安定になることが原因として考えられます。また、玄関では靴の履き替えのために体勢が不安定になることも要因として挙げられるでしょう。
いずれも、転倒すると怪我のリスクが高い場所です。様々な視覚情報に気を取られやすいですが、歩行に集中できるよう不要な物をなくし、スッキリとした空間を目指すなど環境調整を心がけましょう。
【居間・リビング】
続いて転倒しやすい場所が「居間・茶の間・リビング」です。
自宅の中でも長時間過ごす場所ですので、その分転倒リスクもアップ。慣れた場所ではあるものの、つまづきの原因となる細々した雑貨や家具、敷物も多いので油断は禁物です。
認知症が進行すると、馴染みのある室内の変化が大きなストレスになり、症状を悪化させることがあります。室内の改良を考えている場合は、認知機能の衰えが軽度なうちに早めの対処をしましょう。
【廊下・階段】
続いて「廊下・階段」について見てみましょう。間取りにもよりますが、一般的に廊下や階段は歩行距離が長くなり、転倒リスクが高まる場所です。
とくに、見通しのよい廊下では「前へ進もう」という気持ちだけが先走り、自分が思っている身体の動きと実際の動きにギャップが生じることも少なくありません。バランスを崩して前のめりに転倒しやすい場所なので、注意しましょう。
また、階段は転倒すると大きな怪我が避けられない場所です。認知症によって階段の危険を把握できなかったり、そもそも階段自体を認識できなかったりする場合があるので、ガード柵を設けるなどして転倒事故を未然に防ぐことが重要です。
【寝室】
次は、起き上がり時の転倒が多い「寝室」です。朝はもちろんのこと、夜間にトイレへ行く場合も要注意。意識が朦朧としていることに加え、立ちくらみ(起立性低血圧)が起こりやすく、転倒につながる条件が揃っています。
とくに、認知症になると自律神経の働きが低下しやすいので、その傾向も顕著。夜間は介護者の目も行き届きにくく発見が遅れがちになるので、気をつけましょう。
【浴室・トイレ】
最後は「浴室・トイレ」を見てみましょう。こちらは衣類の着替えで体勢を崩しやすく、転びやすい場所です。
とくに、足元が滑りやすい浴室での転倒の発生率はトイレの倍以上。衣類を身につけていない状態での転倒は怪我の危険度も高まり、また浴槽への転落も考えられるので注意が必要です。
食後すぐの入浴や長時間の入浴を避ける、立ち上がり時には立ちくらみに注意する、濡れた床で滑らないようマットを設置するといった対策をとりましょう。
自宅で実践! 転倒予防のポイントをご紹介
では、ここからは自宅で取り組みたい「転倒予防」のポイントをご紹介します。
健常の人、若い世代の人には問題ないように思えることも、高齢かつ認知症の方にとっては危険が大きいことも少なくありません。すぐに取り組めることも多いので、ぜひチェックしてみてくださいね。
段差をなくす
転倒の大きな原因となる段差。とくに、認知症の方は段差を見落としやすいため、可能な限りなくすことが重要です。
玄関や部屋の間の段差、床の凹凸などを平らにすることで、転倒リスクを大幅に減らしましょう。カーペットやラグマットなども同様に注意が必要なので、めくれないような対策を施すのがおすすめです。
コードをなくす
電気コードや延長コードはつまずきやすいため、床に散らばっているコード類はなるべくなくして歩行スペースを確保しましょう。
認知症の方は身体機能が低下してくると、歩幅が小さいすり足歩行になりやすくなります。思いがけない転倒を防ぐためにも、コードを壁沿いにまとめたり、コードカバーを使用したりするのが効果的です。
家具の配置に気をつける
家具の配置も転倒予防に大きく影響します。通路を広く取り、家具や小物が歩行の妨げにならないように配置しましょう。
ただし、家具がちょうどよい手すりになる場合もあります。倒れにくいもの、動きにくいものといったように、安定感があるものを選んで上手に活用するのも手です。
足元に明かりをつける
夜間や暗い場所では視認性が低下し、転倒リスクが高まります。トイレや寝室への通路には、自動で点灯するセンサーライトを設置すると安全でしょう。
とくに高齢者は、光をより効率的に取り込むための瞳孔の働きが弱まる「老人性縮瞳(ろうじんせいしゅくどう)」によって、暗い場所で物が見えづらくなる症状が起こりがち。
視野が狭くなったり、物が鮮明に見えづらくなったりする症状も起こるので、視界をクリアにするための対策は必須です。
手すりを設置する
転倒を防ぐためには、手すりを設置するのも有効です。とくに、トイレや浴室、階段などに設置すると、転倒リスクを大幅に減らすのに効果的。
手すりは住宅改修の対象となるような大掛かりなものから、ベッドに設置できるものや置き型タイプのものなど、手軽に取り入れられるものまで様々です。介護保険で費用を賄える場合も多いので、確認してみましょう。
また、すでに手すりを設置しているご家庭も多いと思いますが、認知症の方は手すりを見落としてしまったり、必要性がわからなかったりする場合も少なくありません。歩行時は見守りとともに声を掛け、日頃から手すりを使うよう促しましょう。
「認知症での転倒」を防ぐために気をつけたい5つのこと
最後は、認知症での転倒を防ぐために気をつけたいポイントをご紹介。自宅を整えることに加えて、これから紹介する5つの項目に気をつけ、転倒リスクを大幅に減らしましょう。
① 履きやすい靴を選ぶ
足元の安定性は転倒予防に大きく寄与します。
靴を選ぶときは、適切なサイズを選ぶのはもちろんのこと、足の動きに追従するようなフィット感の高い靴を選ぶことが重要です。足首までしっかりホールドされているようなサポート力の高いデザインもおすすめです。
また、脱ぎ履きの際に転倒するケースも少なくありません。大きな面ファスナーがついたものや、ファスナーを上げるだけで良いものなど、認知症の方でも履き方・脱ぎ方がわかりやすいシンプルな構造の靴を選びましょう。
さらに、室内ではスリッパはつまずきやすいため、避けるのが無難です。足が冷える場合は、足首まで覆えるタイプの介護用ルームシューズも販売されているので検討してみましょう。
② 必要に応じて杖や歩行器を使う
歩行が不安定な場合、杖や歩行器を使用することで転倒リスクを大きく減らすことができます。一般的にイメージされるのは1点で支える杖ですが、介護用品として販売されているものの中には、4点で支えるタイプの杖など様々な商品があります。
ただし、使用方法を間違えると逆に転倒リスクを高める可能性があるため、正しい使用方法を学ぶことが大切です。
さらに、使う場所や身体の状態によって適切なものが変わってくるので、購入やレンタルに際しては医療機関やケアマネージャーなど、専門の窓口に相談してみましょう。
③ 介護者は焦らせない
基本的なことではありますが、介護者が焦らせないことも重要です。「ゆっくりでいいからね、気をつけてね」と声を掛けながら見守りましょう。
また、介護される方がバランスを崩したときに、介護者が巻き込まれて一緒に転倒してしまうケースも少なくありません。双方の安全を確保するためにも、十分な時間を確保し、ゆとりをもって行動しましょう。
④ 下肢の筋力を維持する
年を重ねるにつれ、筋力が低下していくことは避けられませんが、日頃から適度な運動を行って、下肢の筋力を維持するのは重要です。
下肢の筋肉が保たれていれば、たとえバランスを崩してしまっても体勢を立て直すことができます。また、筋肉がクッションとなり、転倒による打ち身のダメージも軽減することが期待できます。
急な運動や激しい運動が身体の負担になる場合もあるので、まずはウォーキングや椅子に座っての足の上げ下げ運動、曲げ伸ばし運動などを習慣化させましょう。
⑤ 骨粗鬆症を予防・治療する
気をつけていても転倒してしまった場合、その被害を最小限にするためには骨折しにくいからだ作りが重要です。
高齢者は骨の量が減って骨がもろくなる「骨粗鬆症(こつそしょうしょう)」の状態になっている方も多く、軽い転倒で骨折してしまうことも少なくありません。
骨折で活動が制限されることによって認知機能のさらなる低下を招いたり、寝たきり状態につながったりすることがありますので、気をつけましょう。
とくに女性は要注意。閉経によってホルモンが変化することで骨粗鬆症を発症しやすくなるので、50代くらいから対策をとるのが重要です。適度な運動とカルシウム・ビタミンDの摂取が有効なので、積極的に取り入れましょう。
また、内服薬による治療もあるので、骨密度が低いと言われた方や転倒リスクが高い方はかかりつけ医に相談してみましょう。
まとめ
高齢者はただでさえ転倒しやすいといわれていますが、認知症の方はそのリスクが2倍以上。一度の転倒で介護度が上がったり、認知機能が低下したりすることにつながるので、転倒予防は必須です。
室内では、つまづきの原因となる段差やコードをなくしたり、家具や明かりの配置に気をつけることが有効です。すぐにできる対策も多いので、ぜひ試してみてください。転倒を防ぐことは、介護者の介護負担を増やさないことにもつながります。
また、これらの転倒予防に加え、いざというときに最小限に留めるためのからだ作りも重要です。下肢筋力を鍛える、骨粗鬆症を予防・治療するといった両面からアプローチしていきましょう。
たかが転倒、されど転倒。認知症の高齢者にとっては転倒が命取りとなることもあるので、油断せずに対策をとりましょう。
【参考文献】
● 内閣府 『 平成17年度 高齢者の住宅と生活環境に関する意識調査結果(全体版)』 2 転倒事故
● 消費者庁 『みんなで知ろう、防ごう、高齢者の事故』
● 日本整形外科学会 『骨粗鬆症(骨粗しょう症)』