認知症になると不眠に悩まされる方が少なくありません。不眠が続くと、疲れやすさや倦怠感といった身体への影響だけでなく、抑うつ状態や無気力を引き起こして認知症の行動・心理症状を強める要因ともなるため、注意が必要です。
一般的に加齢に伴って眠りが浅くなる傾向にあるため、「眠れない」といったありふれた症状は見過ごされてしまいがちです。しかし、不眠を放置しておくと慢性的な不眠症に発展する恐れも。こうなると自力での改善が難しくなるので、早め早めの対処が重要です。
また、不眠は認知症の症状である一方、不眠そのものが認知症を進行させる要因となることが指摘されています。まさに、認知症と不眠は切っても切り離せない関係なのです。
今回は、そんな不眠と認知症の関係を深掘りしてみましょう。認知症のタイプ別の不眠の傾向や、良質な睡眠につなげるためのポイントを詳しくご紹介します。
「不眠」とは、どういう状態?
誰しも少なからず “眠れない” という経験をしたことがあるのではないでしょうか? 旅行の前日やコーヒーを飲みすぎてしまった日、昼寝をしてしまった日などなど。
このような一時的に眠れない状態は誰にでもよく起こりますが、眠れない状態が長く続き、それによって生活に何らかの支障をきたす状態になってしまった場合、それは「不眠」と呼ばれています。
まずは「不眠」がどのような状態なのか、詳しく見てみましょう。
不眠の種類
不眠というと「眠れない」というイメージがあるかと思いますが、一言で「眠れない」といっても、大きく4つのタイプに分けられます。
● 入眠障害
眠りにつくまでに時間がかかる状態です。多くの人は布団に入って消灯してから、およそ30分程度で寝入り、眠りにつくといわれていますが、入眠障害では寝つくまでに1時間以上もかかる状態が続きます。
認知症の方は、脚の中を虫が這うような不快感が続き、じっとしていられなくなる「むずむず脚症候群(レストレスレッグス症候群)」が起こりやすく、これが入眠の妨げになっている場合もあります。
● 中途覚醒
眠りが浅く、途中で何度も目が覚めて、再び眠りにつくまでも時間がかかる「中途覚醒」。全体的な睡眠時間が短くなるだけでなく、眠れない焦りから睡眠への不安や恐怖が生じ、より睡眠の質が悪くなる悪循環につながります。
中途覚醒は眠りの浅さが原因となっているほか、睡眠中に何度も呼吸が止まる「睡眠時無呼吸症候群(SAS)」が起きているケースも少なくありません。
「睡眠時無呼吸症候群」は、空気の通り道である気道が閉塞してしまうことにより無呼吸が起こる病気です。一般的には肥満や顎の異常、扁桃腺の肥大などが原因といわれていますが、脳血管疾患による後遺症で麻痺のある方でも起こりやすい症状です。
本人は気づきにくい症状ですので、介護者は睡眠中のいびきや呼吸状態を観察してみましょう。
● 早朝覚醒
早朝に目が覚めて再び寝付くのが難しくなる「早朝覚醒」。一般的に、予定していた起床時間よりも2時間以上早く目覚める場合を指します。
起床時はスッキリと起きられるものの、日中に眠気を感じて体力が持たなかったり、昼寝が欠かせなかったりと、体調面に不調が生じやすくなります。
「年をとると長く寝ていられない」といわれる高齢者の早起きとは異なり、他の不眠の症状を合併することも少なくありません。日中の様子も合わせて観察しましょう。
● 熟眠障害
「熟眠障害」は、睡眠時間は十分に確保できているものの、ぐっすり眠った感じがしない不眠の症状です。通常、眠りのサイクルは浅い眠りと深い眠りが繰り返されますが、深い眠りが極端に少なくなると、眠りの質が低下し、熟眠感が得られません。
とくに、深い眠りは就寝後の初めの90分間に多く見られますが、夜通し睡眠が浅かったり、頻繁に中断されたりすると十分な睡眠が得られず、身体の不調に繋がります。
熟眠障害は、初期段階では気づきにくいですが、症状が進行すると中途覚醒につながることも少なくありません。
不眠が身体にもたらす影響とは?
このような不眠の状態が続くと、一般的に倦怠感や意欲低下、集中力低下、ひどくなると抑うつ状態や頭重、めまい、食欲不振など多岐にわたる症状があらわれ、日常生活に支障をきたします。
一時的なものであれば自然に改善していくこともありますが、長期間に渡って症状が続く「不眠症」の状態になると、免疫力の低下を引き起こしたり、高血圧、心臓病、糖尿病といった慢性疾患につながる危険性があります。
ただでさえ身体が衰えている認知症高齢者。風邪などのごくありふれた感染症が重症化したり、持病が悪化したりするリスクも考えられるため、注意が必要です。
不眠と日中の不調が週に3日以上あり、それが3カ月以上続く場合は不眠が慢性化した状態ですので、一人で抱え込まず、医療的なサポートを受けながら治療していきましょう。
「不眠」は認知症を進行させる要因にもなる!
身体的にも精神的にも悪影響を及ぼす不眠。誰にでも起こりやすい症状ですが、認知症の方はとくに注意が必要です。
実は、不眠は認知症によって引き起こされる一方、不眠そのものが認知症を進行させる要因になっているとの研究結果がでているのです。
ここからは、脳の重要な働きである「脳のクリーニング」と「シナプスの修復」に注目し、なぜ不眠が認知症を進行させるのか、詳しく見てみましょう。
「脳のクリーニング」が行われないから
1つめの理由は、不眠によって「脳のクリーニング」の機能が落ちるからです。
私たちが眠っている間、脳の中では不要な物質を排除する「脳のクリーニング」機能が働いています。中でも重要なのが、アルツハイマー病の発症に関与するアミロイドβタンパク質やタウタンパク質といったタンパク質の除去。
これらのタンパク質は、もともと神経細胞の正常な機能を支える一方で、異常をきたしたり、適切な除去が滞ったりすると、脳内に蓄積して正常な神経細胞の働きを阻害してしまうのです。
通常であれば、深い眠り(ノンレム睡眠)の間にこれらのタンパク質の除去作業が活発に行われますが、十分な睡眠時間が確保できなかったり、睡眠の質が低下したりすると、クリーニング作業が滞り、異常物質が蓄積して認知症が進行します。
しかも、アミロイドβタンパク質とタウタンパク質の両方が蓄積すると、これらは相互に蓄積を促進し、神経細胞の損傷を進行させる可能性もあるともいわれています。
「シナプスの修復」が行われないから
2つめの理由は、不眠によって「シナプスの修復」の機能が落ちるからです。
シナプスとは、脳内の神経細胞から別の神経細胞へ情報を伝達するための構造です。経験や学習を通じて強化され、長期記憶の形成や新たなスキルの獲得に関与するなど、脳の機能に重要な役割を果たしています。
これらの働きが全てうまく機能するためには、睡眠中に「シナプスの修復」が適切に行われることが必要なのですが、不眠によって十分な修復作業が行われないと、情報の伝達に障害が生じ、認知機能の低下につながります。
認知症の方は、ただでさえ脳の変性によってシナプスの働きが弱まっている状態です。必要な修復作業を行うためにも、良質な睡眠を取ることが重要なのです。
このように、不眠は認知症の進行に大きく関わっています。症状の進行を抑えるためにも、不眠の症状を緩和させていきたいですね。
では、ここからは認知症のタイプ別に不眠との関係を見てみましょう。今回はアルツハイマー型認知症とレビー小体型認知症について、詳しくご紹介します。
アルツハイマー型認知症と不眠
認知症の中でも最も多い「アルツハイマー型認知症」。とくに睡眠時間の減少や睡眠効率の低下、浅い睡眠の増加、夜間覚醒などが不眠の症状として指摘されており、お悩みの声も少なくありません。
これら不眠の症状は高齢者の睡眠の特徴と一致する部分が多いものの、とくにアルツハイマー型認知症の方の場合は、夜間の徘徊や日中の傾眠が顕著です。
「昼夜逆転」が起こりやすい
「昼夜逆転」に悩まされることの多いアルツハイマー型認知症。アルツハイマー病による脳の損傷が視床下部にまで及ぶと、体内時計(サーカディアンリズム)の機能が弱まって日中に眠くなり、夜に目が冴えてしまうといった症状が起こりやすくなります。
さらに、覚醒や情緒、睡眠などの調節に関与する神経伝達物質である「セロトニン」の濃度が低下したり、体内の時計を調節し、睡眠と覚醒のリズムを制御するホルモンである「メラトニン」の分泌が乱れやすくなるのも要因のひとつ。
夜間に眠れず、昼間に眠気が増すという状態が続くと、悪循環が生じて改善が難しくなります。時には医療の力も借りて、早めに対処しましょう。
「夜間の徘徊」が起こりやすい
昼夜逆転に伴って起こりやすいのが「夜間の徘徊」です。あてもなく歩き回る徘徊は多くの認知症でよく見られる症状ですが、アルツハイマー型認知症の場合はその傾向がとくに顕著。
行方不明になったり、事故や転倒のリスクも高まったりするため、不眠関連の課題の中でもとくに苦慮されている方も多いのではないでしょうか。
夜間の徘徊は精神面からも大きく影響を受けるといわれています。不安や恐怖心から混乱し、突発的に飛び出してしまうこともありますので、落ち着いた気持ちで眠りにつけるよう支援していきましょう。
レビー小体型認知症と不眠
一方、レビー小体型認知症では、レビー小体という異常なタンパク質の塊が脳の神経細胞に蓄積したり、睡眠中の身体の動きを制御する機能を担う「脳幹」に異常が生じたりすることによって、2つの特徴的な症状が起こりやすくなります。詳しく見てみましょう。
「レム睡眠行動障害」が起こりやすい
レビー小体型認知症の特徴的な症状のひとつが「レム睡眠行動障害」です。これは、眠っている間に大声で叫ぶ、悲鳴を上げて飛び起きる、腕を振り回す、ベッドから転落するといった異常行動が起こり、睡眠が妨げられる症状です。
通常、夢を見ているときは、全身の筋肉がリラックスして脱力した状態になっていますが、レビー小体の蓄積によって脳の特定の領域が変性したり、神経伝達物質に異常が生じたりすると、筋肉の緊張を緩める機能が妨げられます。
これによって、夢の中で行っている行動が現実にも現れてしまうことが起こり、夜間の不眠につながるのです。
実は、レビー小体型認知症の方の中には、発症する何年も前からこのレム睡眠行動障害が見られることもあるのだとか。睡眠時の行動異常の有無が認知症の診断に関わる重要な情報となるので、睡眠時の異常は記録しておくようにしましょう。
日中に「急な眠気」が起こりやすい
レビー小体型認知症では、日中に過剰なレベルの「急な眠気」が起こるのも特徴のひとつ。
レム睡眠行動障害による不眠だけが原因ではなく、レビー小体の蓄積によって脳幹や辺縁部が損傷を受け、アセチルコリンやドーパミンといった神経伝達物質に異常が生じることも関係しているといわれています。
これによって覚醒と休息の調節が障害されると、日中に意識レベルの変動が起き、過剰な眠気が生じやすくなるのです。
いずれのメカニズムもまだ解明されていない部分が多くありますが、海外の研究では、アルツハイマー型認知症とレビー小体型認知症を比較した結果、レビー小体型認知症の方が日中の眠気がより頻繁に生じる傾向がある点も指摘されています。
急にバタッと寝てしまうようなことが続く場合は、転倒の危険も高まりますので注意しましょう。
このように、認知症は様々な要因から睡眠のリズムが崩れて不眠になりがちですが、原因疾患によって不眠の症状に特徴があります。どのような症状が出やすいか、介護者は確認しておきましょう。
質の良い睡眠につなげるには?今日からできる5つのポイント
最後は、良質な睡眠につなげるためのポイントをご紹介します。どれも今日からできることばかりですので、認知症の進行を防ぐためにもぜひチェックしてみてくださいね。
① 朝に日光を浴びる
朝の日光は体内時計をリセットし、日中の覚醒状態を促進します。日光浴はとくに、脳が体内時計を調整するのに重要なメラトニンの分泌を助けるので、散歩などを習慣化しましょう。
身体の状態によっては、外に出るのが難しい方もいらっしゃるかと思います。そのようなときは、窓際で読書をしたり、カーテンをあけておいたりするなどして日光を十分に浴びるのも有効です。
② 就寝環境を整える
質の良い睡眠をとるためには、環境を整えることが重要です。寝室は静かで暗く、適温に保ちましょう。一般的に、室温20℃前後、湿度40〜60%に保つのがよいといわれています。中には寒がりな方もいらっしゃるので、調節してみてください。
また、マットレスや枕といった寝具も睡眠に影響を与えます。身体にフィットするものであるか、今一度確認してみましょう。
③ 頭を冷やす
人は睡眠に入る前に、脳や内臓の温度、いわゆる「深部体温」が低下します。この体温の変化がスムーズな入眠につながるので、意図的に頭部を冷やすことも有効です。就寝前に枕を冷やしておいたり、冷却グッズを適宜使ったりしてみましょう。
また、人間の身体は本来であれば体を温めて熱を放出しようとしますが、手足が冷えてしまう末端冷え性の方は皮膚の血管が収縮しており、熱が外に逃げにくい状態です。手足を軽く温めることで、効率よく深部体温を下げられるので、試してみてください。
④ 日中の活動量を増やす
夜に目が冴えてしまうのを防ぐためには、なんといっても、日中にしっかり活動することが重要です。規則正しい生活リズムを作るためにも、日中のスケジュールを作成しましょう。
認知症患者にとって日中にしっかり活動することは、睡眠のためだけでなく、体力維持やストレス緩和にも役立ちます。デイサービスや地域で行われているラジオ体操などがあれば積極的に参加してみましょう。
ただし、午前中〜正午までの早い時間帯に活動しすぎると、夕方に眠気が襲って昼寝をしたくなってしまうこともあります。1日の活動力をバランスよく配分し、日中は元気に、夜は睡眠が取れるよう調整しましょう。
⑤ 不安を取り除く
不安やストレスは不眠の大きな要因となります。
認知症の方はとくに夕方以降、気持ちがソワソワする焦燥感があらわれたり、理由もなく不安感に襲われたりすることがあるため、余計に睡眠に影響を及ぼしやすくなります。介護者はご本人が落ち着く環境を作り、穏やかに対応しましょう。
とくに「自分が置かれている状況がわからない」といったことは大きな不安につながります。ここはどこなのか、何をする時間なのか、これからどうするのか、といったことがわかりやすいよう、壁などに貼っておくことも有効です。
難しい場合は、医師に相談!
このように、良質な睡眠につなげるために様々な工夫をしても、なかなか不眠が解消されない場合もあるかもしれません。
自力での解決が難しいときは家族で抱え込まず、専門家である医師に相談し、医療の力を借りて不眠を解消させましょう。そのときに重要なポイントを2つご紹介します。
飲んでいる薬の影響がないか見直す
不眠の原因として、治療のために服用している薬が影響している場合もあります。とくに高齢者は、複数の薬を組み合わせて服用している場合が多いため、要注意。
加えて身体の代謝機能も衰えているため、一般的にいわれている副作用以外の症状があらわれたり、強く出たりする場合も少なくありません。薬を変更することで症状が改善する場合もあるので、医師に相談してみましょう。
処方薬に関しては医師の指示が必要なので、介護者はどの薬を飲んだときにどのような不眠の症状が出るのか日常的によく観察しておくことが重要です。
睡眠薬の服用は医師の指示に従いましょう
不眠の治療として、しばしば使われるのが睡眠薬です。睡眠薬は作用時間の違いから「寝付きを良くする薬」「中途覚醒を防ぐ薬」「早朝覚醒を防ぐ薬」といったように様々な種類があります。
いずれも適切に服用すれば不眠の改善に大きく役立ちますので、医師の判断を仰ぎながら、上手に取り入れるのも手です。
また、どの薬にも当てはまることですが、用法を守って適切に服用しなければ、身体にとっては “毒” となってしまいます。自己判断で量を減らしたり、服薬自体を中止したりしないよう、医師の指示に従いましょう。
まとめ
加齢に伴って眠りが浅くなるのはよくあることですが、認知症が原因の不眠に悩まされる方も少なくありません。一見よくある症状に思えますが、認知症を進行させる要因であるとの指摘も多く、看過できない問題です。
とくにアルツハイマー病では、昼夜逆転と夜間徘徊、レビー小体型認知症では、レム睡眠行動障害と日中の眠気が起こりやすいため、本人・介護者ともにQOL(生活の質)の低下が懸念されます。問題が長期化すると解決するまでに時間を要するので、慢性的な不眠症に陥る前に、早めに対策をとりましょう。
いい睡眠につなげるためのポイントは、自宅ですぐに取り組めるものも多いですが、これらは生活リズムの改善や就寝環境の工夫が中心となるため、習慣化していくことで効果を発揮します。
不眠の症状が酷い場合やどうしても改善が見込めない場合は、医師のサポートに頼りましょう。時には睡眠薬を使用するなどして、不眠の悪循環を断ち切ることも解決への近道かもしれません。
【参考資料】
● 厚生労働省 e‐ヘルスネット 『不眠症』
● 岡 靖哲 『認知症における睡眠障害』
● Care Net 『レビー小体型認知症は日中の眠気がアルツハイマー型より多い傾向』