認知症の「音楽療法」とは?治療法の詳細効果について解説

「音楽療法」ってどんな治療法? 認知症にもたらすいい効果とは
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「音楽療法」という言葉を聞いたことがありますか?

音楽療法は歌をうたったり、楽器を演奏したり、音楽に合わせて身体を動かしたりすることで、心身の健康の維持・回復をはかるプログラムです。

現在、医療・福祉・教育の現場で幅広く取り入れており、その対象は高齢者や障害者をはじめ、認知症患者や末期がん患者、不登校の児童など年齢・性別を越えて様々。

とくに高齢者分野では「音楽には認知症を予防したり症状を和らげたりする効果がある」との先行研究も多く、注目を集めています。

今回はそんな音楽療法をピックアップ。詳しい内容や認知症への効果、自宅で取り入れるコツや注意点をご紹介します。音楽療法は介護者にとっても “いい効果” が期待できるので、ぜひチェックしてみてくださいね。

目次

音楽療法とは?

音楽療法とは?

音楽療法のはじまりは意外と古く、旧約聖書にも記されているほど。その後、第二次世界大戦で負傷した兵士が音楽に触れたことにより治癒が早まったことから音楽の力に注目が集まり、以降アメリカを中心に「音楽療法」として確立されていった歴史があります。

日本で用いられるようになったのは、1960年頃。現在は老人ホームやデイサービス、認知症専門病院を始めとする高齢者施設や市町村の福祉課、地域包括支援センターなどが主催して音楽療法のプログラムが提供されています。

まずは音楽療法の目的と定義、音楽レクリエーションとの違いを見てみましょう。

音楽療法の目的

「音楽療法」の目的は、音楽に触れることで身体と心の健康維持・回復をはかり、QOL(Quality of life・生活の質)の向上を目指すことです。

細かい目的は対象者の状態によって異なり、たとえば心身ともに大きな問題がない方に対しては、今ある心身の機能(残存能力)の維持を目的に、予防的なアプローチがメインに実施されます。

一方、認知症の方に対しては上記の目的にプラスして、認知症症状を緩和させたり、進行を予防したりする効果も期待されています。

認知症の治療には薬物を使った「薬物療法」と、リハビリテーションや心理療法をはじめとする「非薬物療法」の2種類がありますが、「音楽療法」はまさに非薬物療法の1つ。

とくに「行動・心理症状(BPSD)」の緩和に効果的だといわれており、期待が寄せられています。

「音楽療法」と「音楽レクリエーション」の違い

「音楽療法」と混同されやすいものの1つに、「音楽レクリエーション」があります。どちらも音楽を取り入れたプログラムになりますが、両者にはどのような違いがあるのでしょうか?

「音楽療法士」が実施する

音楽療法は専門のトレーニングを受けて資格を取得した「音楽療法士」のもと実施されるのが最大の特徴です。

音楽療法士は日本音楽療法学会などが主催する民間の資格で、高齢者の健康維持や介護予防など、それぞれの課題に応じたプログラムを専門的な視点から計画・実施する役割があります。

これに対して、施設の職員やボランティアスタッフなどによって行われるプログラムは、一般的に「音楽レクリエーション」と呼ばれています。こちらは特別な資格は必要なく、多くの高齢者施設で日常的によく取り入れられているプログラムです。

治療目的に計画的に取り組む

一般的に音楽レクリエーションが「楽しむこと」に焦点を当てて展開されているのに対して、音楽療法は明確に「治療効果」を目指して実施されているのも大きな違いです。

ここで、日本音楽療法学会の定義を見てみましょう。これによると、音楽療法は以下のように紹介されています。

音楽のもつ生理的、心理的、社会的働きを用いて、心身の障害の軽減回復、機能の維持改善、生活の質の向上、問題となる行動の変容などに向けて、音楽を意図的、計画的に使用すること

一般社団法人日本音楽療法学会 『音楽療法とは』

音楽療法は、音楽療法士が音楽の力を使ってクライエントを多面的に支援していくプログラムです。音楽レクリエーションにも同じような効果が期待できますが、実施のハードルが高いのは音楽療法。その分、より専門的な知見から効果が期待できるのが魅力です。

音楽療法ってどのようなことをするの?

音楽療法ってどのようなことをするの?

では、実際に音楽療法ではどのようなことを行うのでしょうか?

音楽療法では「聴く・歌う・楽器を奏でる・音楽に合わせて身体を動かす・音楽の思い出を語る」などのプログラムを行いますが、その内容によって「受動的音楽療法」「能動的音楽療法」の2種類に分けられます。

受動的音楽療法

「受動的音楽療法」は、楽器の演奏や歌など生の音楽を聴いたり、CDから流れる音楽を聴いたりするなど、主に「音楽を聴く」受け身のプログラムを指します。

ゆったりした気持ちで音楽を聴いたり懐かしさに思いを馳せたりすることで、心身をリラックスさせ、不安やストレスを解消させる効果が期待できます。

また、聴くだけで良いので、認知症やその他の疾患によって身体を動かせない方でも取り入れやすく、参加の心理的ハードルが低いのもポイントです。

音楽療法の導入でもよく取り入れられており、最初は参加する気がなかったのに音楽が聴こえてくると足を止めて聴き入る…… といった方も多くいらっしゃいます。

能動的音楽療法

一方「能動的音楽療法」は歌をうたったり、楽器を演奏したり、音楽に合わせて身体を動かしたりするなど、自らアクションを起こすプログラムを指します。

老人ホームのような大勢が集まる場所では、多くの方が知っている懐かしい歌謡曲のカラオケや曲に合わせた体操、ハンドベルやトーンチャイムなどの演奏体験が取り入れられています。

能動的音楽療法のメリットは、身体的な効果はもちろんのこと、周りの人と一緒に音楽を楽しむことでその場に一体感が生まれ、孤独感や疎外感がやわらぐ点です。他者との繋がりやコミュニティに属している感覚を得られるので、精神的に安定するなど幅広い効果が期待されます。

音楽療法はどこで受けられるの?

音楽療法はどこで受けられるの?

音楽療法が実施されている場所は、老人ホームやデイサービスなどの高齢者施設や認知症の専門病院、市町村の福祉課や地域支援包括センターなどが一般的です。その施設利用者を対象にしたものが多いので、無料〜比較的安価で手軽に利用できるでしょう。

一方、民間企業が音楽療法サービスを提供している場合もあります。こちらは利用料の負担がやや大きくなりやすいものの、個人宅への訪問やオンラインでの提供など、利用者のニーズに合わせたサービス展開が魅力です。

地域によってはNPO(非営利団体)が実施している場合もあるので、気になる方はチェックしてみましょう。

音楽療法が認知症にもたらす【5つの効果】

音楽療法が認知症にもたらす【5つの効果】

お次は、音楽療法が認知症にもたらす効果を見てみましょう。

認知症の症状は、見当識障害や記憶障害などの「中核症状」と、それによって引き起こされる二次的な症状、妄想、幻覚、徘徊、抑うつといった「行動・心理症状(BPSD)」の2つに分けられます。

認知症の進行とともに中核症状を避けることはできませんが、行動・心理症状は周囲の環境や関わり方によって、良くも悪くも変化するのが特徴的。

とくに情緒の安定が症状の緩和に大きく寄与するので、いかに穏やかに、ご本人の意思を尊重した暮らし方を実現できるかが、認知症ケアのカギとなります。

音楽療法は、まさにこの行動・心理症状を緩和するのに効果的です。今回は、5つの効果に絞って詳しく見てみましょう。

効果① 不安やストレスを軽減させる

音楽療法には心をリラックスさせ、不安やストレスを軽減する効果があります。

認知症を発症すると、脳の器質的な病変に加え、今までスムーズにできていたことができなくなる「失敗体験」の両方が影響し、どうしても不安感や抑うつ傾向が強くなりがちです。

これらはQOLを著しく低下させる要因になりますが、音楽療法で心がリラックスすると表情が穏やかになり、行動・心理症状が緩和されるようになります。

効果② 身体機能を維持・改善させる

認知症の影響で日常生活に支障が生じると、とくに心配なのが体力低下。高齢者はただでさえ加齢によって筋肉が減っているため、定期的な運動による体力の維持が課題となります。

音楽療法は参加するだけでも座る姿勢を一定時間保つ必要があるので、身体機能を維持する点において効果的です。さらに、音楽に合わせて歌ったり体操したりすることで、普段使わない筋肉を無理なく動かす運動効果も期待できます。

とくに、歌うことは嚥下機能のリハビリテーションとしてもうってつけ。口を動かすことによって唾液の分泌が促されるほか、唇や舌など、口周りの筋肉を鍛えることが咀嚼力や嚥下力の強化につながり、誤嚥防止になります。

効果③ 認知機能を維持・改善させる

音楽療法には昔の記憶を呼び起こし、自尊心を回復させたり情緒の安定をはかったりする「回想法」と同じ効果が期待できます。回想法は、懐かしい写真や音楽、馴染み深い家庭用品などに触れることで、脳を活性化させる認知症の心理療法の1つ。

セラピーでは対象者によって様々なアイテムが使われますが、中でも音楽は特に長期記憶と結びつきやすいため、認知機能を刺激する効果が優れているといわれています。

とくに、認知症の方は新しい記憶より若かった頃、自分が活躍していた頃、充実していた頃の記憶が強く残りやすいといわれています。普段口数が少ない方が懐かしい曲に強く反応されることも少なくなく、周囲が驚くこともしばしば。

若い頃にピアノやギターなどを弾いた経験がある方は、「聴く+演奏する」ことでさらなる効果も期待できるでしょう。

効果④ 自己肯定感を高める

症状の進行とともに、大きな不安が襲う認知症。徐々にできなくなることが増えていく中で、ご本人が抱える精神的な負担は相当なものです。

しかし、音楽を通していきいきと暮らしていた時や活躍して輝いていた時のことを思い出すことは、自信や自己肯定感の回復に効果的です。情緒が安定することで認知症の行動・心理症状も緩和されるので、総合的にQOLの向上が期待できるでしょう。

効果⑤ コミュニケーションの機会を作る

認知症やその他の疾患で身体機能の低下が著しいと、どうしても周囲のコミュニティと疎遠になりがちです。孤独感はさらに自信を喪失させる要因となりますが、音楽療法では参加者が協力して行うプログラムもあるため、自然と周囲との会話につながります。

また、定期的に実施されるので顔なじみもできやすく、音楽療法以外の場でも自然と会話の機会が増える効果が期待できます。

自宅でも音楽を取り入れてみましょう

自宅でも音楽を取り入れてみましょう

このように、様々な効果が期待できる音楽療法を普段の暮らしにも取り入れてみませんか? ここからは、音楽療法のエッセンスを自宅で手軽に取り入れるアイディアをご紹介します。

自宅で音楽を取り入れるときは、音楽療法士のような専門的なプログラムを目指すのではなく、一緒に楽しむ姿勢で取り組むのがコツです。どれも難しいテクニックは必要ないので、楽しみながら行ってみてくださいね。

① 懐かしい音楽を流す

まず、最も手軽な方法としてご提案したいのが「懐かしい音楽を流す」こと。ご本人の好きな曲・慣れ親しんだ曲を選んで流してみましょう。

好みの曲がわからない場合は、ご本人の青春時代を中心に、40代くらいまでに流行った曲がおすすめです。当時の記憶が蘇ることで脳によい刺激となるだけでなく、自信を取り戻すきっかけにもなるので、ぜひ取り入れてみてくださいね。

「お母さん、その曲が好きだったの? 知らなかった!」というように、家族の新しい一面を発見できるかもしれません。

② 音楽に合わせて体操をする

音楽に合わせて身体を動かすのも有効な方法です。馴染みのある曲に合わせて、簡単なストレッチからはじめてみましょう。椅子に座って行うだけでも十分効果が期待できます。

たとえば多くの方が知っている「ラジオ体操」は、認知症で記憶が曖昧になっていても曲がかかると自然に身体が動き出す、という方もしばしば。回想法の効果も期待できるのでおすすめです。

また、ラジオ体操のような大きな動きが難しい方には、お気に入りの曲に合わせて簡単な動きを取り入れてみましょう。自作の体操はご本人の状態やその時の体調に合わせてアレンジできるので、状態が安定しない方でも取り入れやすいのが魅力です。

③ 音楽に合わせて一緒に口ずさむ

3つめにご提案したいのが、「一緒に歌を口ずさむ」です。認知症の症状が進むと、動作の仕方がわからなくなる「失行」や、うまく言葉が出なくなる「失語」が起こる場合があります。

しかし、だからといって音楽を楽しめないわけではありません。介護者が一緒に口ずさむことで、認知症のご本人も一緒に楽しんでいる感覚が持て、その場の雰囲気が和むことも。

「音楽をかけてみたけど、反応があまりよくないな」と感じる場合は、ぜひ介護者からのアクションを試してみてください。

自宅で取り入れるときの注意点

自宅で取り入れるときの注意点

お次は、自宅で音楽を取り入れるときの注意点を1つずつ確認してみましょう。認知症の方は精神や身体の状態がゆらぎやすいので、音楽の効果を最大限に発揮するために細やかな配慮が必要になります。

ご本人の好みに配慮する

まず大前提として、音楽を取り入れるときは「心地よいもの・楽しいもの」であることが重要です。ご本人のその時の気分や好みに合った選曲や方法となるよう、十分配慮しましょう。

たとえば、静かに過ごしたいときはリラックスできる音楽、調子がよいときは気分が上向きになる明るい音楽など、いくつかのパターンを用意しておくのがおすすめです。

また、音楽の中には時代背景が複雑なものも多くあるので要注意。たとえば軍歌のように懐かしい曲として好まれる一方で、人によっては辛い記憶を呼び起こすこともあります。

好みの音楽に触れることがいい効果につながるので、どのような曲がお好きか、まずはご本人に確認してみましょう。

聴力を確認する

2つめの注意ポイントは、聴力の確認です。人は年を重ねるにつれ、音を聴きとる能力が低下します。特に高音域が聴きとりづらくなるため、音楽全体のバランスが崩れて不快な音に感じることも多いのだとか。

昔は楽しめた曲が高齢になって楽しめない場合もあるので、音楽を聴く環境やその時の体調に合わせて調整しましょう。

疲れやすさに配慮する

一般的に音楽はリラックスできるもの・楽しいものと捉えられていますが、音楽そのものを楽しめるかどうかは、その日の気分や体調によっても様々。

リハビリテーション効果が見込めるとなるとついつい力を入れたくなってしまいますが、音楽の効果を最大限活かすためには楽しく続けるのがポイントです。必ず達成しなければならない訓練ではないので、心地よく行える範囲を心がけましょう。

とくに、認知症の方は脳の機能低下により、日常生活を送るだけでも膨大なエネルギーを消耗します。長く集中力を保つことが難しく疲れやすいため、長時間の取り組みはNG。負担にならないよう、短時間の取り組みにとどめましょう。

一緒に楽しむ姿勢で取り組む

音楽の効果を最大限引き出すには、介護者が一緒に楽しむ姿勢を見せるのが重要なポイント。認知症の方がご本人のポジティブな感情を引き出せるよう、介護者の表情・声色・雰囲気から楽しさを伝えましょう。

認知症の症状が進行すると、記憶や判断力といった脳の機能が低下して事実関係の把握が難しくなる一方で、その時の感情は心に長く残るといわれています。認知症の症状が少しでも緩和して穏やかに過ごせるよう、楽しい感情を残したいですね。

音楽の効果は高齢者だけでなく、介護者にもよい影響をもたらします。一緒にリラックスする時間を過ごしながら、日々の疲れを癒やしてみませんか?

まとめ 音楽療法で認知症の症状を和らげ、QOLを高めよう!

音楽の力を専門的な知見と手法から最大限活かす「音楽療法」。その効果は心身の健康を向上させるのはもちろんのこと、回想法としての効果や自尊心を回復させる効果、コミュニケーションのきっかけになるなど多岐にわたります。

とくに認知症の方は精神状態によって症状が左右されやすいので、情緒の安定のために音楽療法を取り入れるのは効果的。今後5人に1人が認知症を患うといわれている日本では、薬を使わない認知症の治療法として、ますます注目が集まるのではないでしょうか。

基本的に音楽療法は専門の音楽療法士によって実施されますが、自宅でもそのエッセンスを取り入れることは可能です。音楽の力を上手に取り入れながら、認知症のご本人・介護者ともに穏やかな時間を過ごせるといいですね。

【参考資料】
● 貫 行子 『日本における音楽療法の現状と痴呆症への効果
● 高田 艶子・岩永 誠 『補完代替医療としての音楽療法が認知症に及ぼす効果
● 一般社団法人日本音楽療法学会 『音楽療法とは

「音楽療法」ってどんな治療法? 認知症にもたらすいい効果とは

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この記事を書いた人

遠藤紗織のアバター 遠藤紗織 ライター

社会福祉士・介護福祉士の国家資格を保有するWEBライターとして、専門知識を活かした情報発信を得意とします。これまでに数多くの記事を執筆し、福祉分野の深い洞察とリアルな体験をもとに、読者の理解を深め、興味を引く記事作りを心掛けています。誰もが安心して生活できる社会を目指し、情報の提供を通じてその一助となれればと思います。

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