認知症は高齢者に多い疾患ですが、実は10代や20代でも発症することがあるのをご存知ですか?
一般的に18歳〜64歳の若い年齢で発症する認知症は「若年性認知症」と呼ばれ、高齢者の認知症と区別されています。有病率が低いので注目されることが少ないですが、主な症状は高齢者の認知症とほぼ同じ。
発症後は仕事を続けられるのか、子どもは育てられるのか、症状が進行した場合に誰が介護するのか…… などなど、現役世代ならではの問題が生じるため、高齢者の認知症とは違った専門的なサポートが必要です。
有病率の低さからか、まだまだ十分なサポート体制が整っているとはいいづらく課題も山積しているのが現状ですが、今も社会で元気に過ごされている方が多くいらっしゃいます。
今回は、そんな若い世代で起こる認知症をピックアップ。若年性ならではの特徴や課題、自立した生活を送るためのポイントについてご紹介します。
10代・20代での発症もありうる? 「若年性認知症」とは
「若年性認知症」は、初老期認知症(40歳〜64歳)と若年期認知症(18歳〜39歳)の両方を含んだ総称です。
主な症状は「記憶障害」や、物ごとを手順どおりに進めるのが難しくなる「実行機能障害」、時間・場所・人がわからなくなる「見当識障害」や「失認」などなど。これらの症状に伴って徘徊や妄想、興奮、睡眠障害などの「行動・心理症状」が生じることもあります。
症状は概ね高齢者の認知症と同じですが、病気に対する精神的なショックが大きかったり、現役世代ならではの課題があったりするため、高齢者の認知症とは区別され、一般的にこのように呼ばれています。
10代・20代での発症は多い? 少ない? 「若年性認知症」の実態
では、若年性認知症の実態はどうでしょうか。2020年3月に発表された厚生労働省研究班の実態調査結果を見てみましょう。
若年性認知症の総数・有病率はどれくらい?
この調査によると、全国の若年性認知症有病者の総数は推計3.57万人。有病率は18歳〜64歳で、人口10万人当たり50.9人となっています。
10代・20代に限って見ると、有病率は人口10万人当たり3.4人。決してゼロではありませんが、50代後半からの有病率が突出しているのに比べると、かなり少ない数であるといえるでしょう。
「若年性認知症」の割合は全体的に増加している!
しかしながら、若年性認知症の有病率はどの世代も増加しているとの調査結果も見逃せません。
前回の調査(2006年度〜2008年度)での有病率は10万人あたり47.6人でしたが、2020年には50.9人へと増加しています。若年者数の減少とともに総数は減ってはいますが、割合としては増えているのです。
10代・20代についても、前回調査での有病率は人口10万人当たり2.21人だったのに対して、2020年度は3.4人。わずかではあるものの、診断の件数としては増えています。
「若年性認知症」を発症する原因とは?
そもそも、若年性認知症はなぜ発症するのでしょうか。高齢者の認知症と同じように、原因となる疾患ごとにタイプ分けされているので、それぞれの割合を見てみましょう。
原因として最も多いのは「アルツハイマー病」
まず、最も多いのはアルツハイマー病に起因するアルツハイマー型認知症(52.6%)です。ついで脳梗塞や脳出血に起因する血管性認知症(17.1%)、ピック病などを含む前頭側頭型認知症(9.4%)が続きます。
そのほか、事故などの頭部外傷による認知症(4.2%)、レビー小体型認知症やパーキンソン病による認知症(4.1%)、アルコール関連障害による認知症(2.8%)も原因として挙げられます。
このような結果から、認知症介護研究・研修センターは「原因疾患が多様であることも若年性認知症の特徴」だと指摘。アルツハイマー型と脳血管疾患性型が9割近くを占める高齢者の認知症とは違った傾向が見られるのも、若年性認知症の特徴といえそうです。
「アルツハイマー型・前頭側頭型認知症」が増加傾向に
ちなみに、前回の調査(2006年度〜2008年度)では血管性認知症が最も大きな割合を占めましたが、今回2020年度に行った調査では、アルツハイマー型認知症の割合が最も高くなり、また前頭側頭型認知症の割合もかなり増えたとの結果が出ています。
その背景には、若年性のアルツハイマー型認知症や前頭側頭型認知症に対する認知度の高まりに伴って、医療機関の診断精度が向上していることが関係しているのでは、と予想されています。今後もこの傾向は続くのではないでしょうか。
「若年性認知症」の特徴とは?
では、ここからは若年性認知症の特徴を見てみましょう。高齢者の認知症とどのような点に違いがあるのでしょうか?
① 発症年齢が若い
1つめの特徴は、発症年齢の若さです。若年性認知症の定義ともなっているのが「65歳以下での発症」ですが、実は最初に症状に気づいたときの平均年齢は54.4歳。50歳未満で発症した人もおよそ3割に上るのです。
② 男性に多い
女性の方が有病率の高い高齢者の認知症に対して、若年性認知症では男性の方が多いとの調査結果がでています。まさに現役世代ですので、精神的なショックが大きいのはもちろんのこと、経済的負担や親の介護や子どもの養育など様々な面で課題が生じます。
③ 受診が遅れがち
意外に思われるかもしれませんが、若年性認知症は受診が遅れがちです。日常生活の中で異変を察知する時期は早いものの、年齢的に認知症が疑われにくいため、見過ごされることも少なくありません。
とくに初期の症状はうつ状態や更年期障害と似ているため、受診・診断につながりにくい傾向にあるといわれています。
「若年性認知症」の初期症状とは?
では、若年性認知症の初期症状はどのような形であらわれるのでしょうか? 認知症の原因となっている疾患によって違いがあるので、それぞれ見てみましょう。
「アルツハイマー型認知症」の場合
脳の神経細胞が徐々に減り、正常な脳の働きを維持できなくなる「アルツハイマー型認知症」。初期症状は頭痛やめまい、不眠などが挙げられます。不安感が強まったり、自発性が低下したりといった抑うつ状態にもなりやすく、仕事でのストレスと間違えやすいのも特徴です。
アルツハイマー病は早期発見・治療により症状の進行を遅らせることもできるので、望ましいのは早めの受診。異変を感じたら、すみやかに医療機関を受信しましょう。
「脳血管性認知症」の場合
脳梗塞や脳出血などの脳卒中によって引き起こされる「脳血管性認知症」。
脳卒中ではしびれや麻痺などの身体症状が特徴ですが、それらが顕著に出ず、認知機能の低下が主な症状であるケースも少なくありません。突然「もの忘れが多くなった」「計算ができなくなった」などの症状が現れたら、重要な判断ポイントです。
また、脳卒中で侵される脳細胞は一部であることが多いため、影響を受ける機能も限定的。「あることは忘れても、他のことはしっかりと覚えている」というように、症状が「まだら」に現れるのも特徴ですので、よく観察してみましょう。
「前頭側頭型認知症」の場合
「前頭側頭型認知症」は、脳の前頭葉や側頭葉と言われる部分が萎縮することによって起こります。前頭葉は「人格・社会性・言語」を、側頭葉は「記憶・聴覚・言語」を司っているため、初期から人格や行動への影響が大きいのが特徴です。
たとえば、「今まではなかった失礼な言動が増えた」「怒りっぽくなった」「衛生状態に気を配れなくなった」といった変化や、「言葉の意味がわからなくなった」「物の名前がスムーズに出なくなった」といった症状が起こりやすくなります。
記憶への影響は少ないので認知症だと思われない場合も少なくありませんが、今までと人が変わったような印象を受けるなどといった場合は、変化を見逃さないようにしましょう。
「レビー小体型認知症・パーキンソン病認知症」の場合
神経細胞の異常な沈着物(レビー小体)が生じることで起こる「レビー小体型認知症」と「パーキンソン病認知症」。
身体的な症状と精神的な症状の両方が出やすいのが特徴的ですが、初期の段階では記憶障害や判断力の低下といった認知症特有の症状が現れづらいので、見過ごされがちです。
しかし、その一方で「動作がゆっくりになる」「筋肉がこわばって最初の一歩が出にくい」といった身体症状が顕著に出るケースも少なくありません。この場合は、転倒に繋がりやすいので注意しましょう。
また、「幻視がみえる」「妄想がある」「睡眠時に異常行動がある」といった精神症状が診断の判断材料となる場合もあります。このようなケースではご本人に病識がない場合も多いので、周囲の人が早めに気づくのが重要です。
「アルコール性認知症」の場合
認知症の中には、アルコールの大量摂取が引き金になって発症するケースもあります。これらは「アルコール性認知症」と呼ばれ、前頭葉機能への障害が危惧されています。
初期症状は「歩行時のふらつき」や「手の震え」「眼球運動の障害」など、アルコール依存症の症状と重複する部分も少なくないため、認知症だと思われないことも多いのが特徴です。
しかし、飲酒量が増えて脳の萎縮が進行すると、認知機能が低下して判断力や記憶力への影響も起こるので、要注意。進行性の認知症と違い、アルコールの摂取を控えることで症状が緩和されることもあるので、飲酒量を見直すよう周囲の人もサポートしましょう。
「若年性認知症」はどんな治療をするの?
若年性認知症の治療法は、一般的に「薬物療法」「非薬物療法」「生活習慣の改善」「当事者グループへの参加」といったアプローチが取り入れられています。
現代の医療では根本的な治療は確率されていないので、このような様々な治療を組み合わせることによって、進行を遅らせたり、症状を軽減させたりすることを目指していきます。
①「薬物療法」
認知症の進行を遅らせるために、老年期認知症の治療にも使われる「アリセプト®」や「メマリー®」といった薬の投与が行われます。また、抑うつや不安障害などの精神的な症状を和らげるために、抗不安薬や抗うつ薬、睡眠導入剤が処方されることもあります。
②「非薬物療法」
非薬物療法は、薬物を使わない治療法です。認知症によって生じる日常の問題に対してうまく対処できるよう、行動や認知の変容を促す「行動療法」や、心を落ち着かせることで行動・心理症状を緩和させる効果が期待されている「音楽療法」「ペットセラピー」「アート療法」などがこれに当たります。
③「生活習慣の改善」
適切な食事や運動、十分な睡眠など健康的な生活習慣を維持することは、認知症の進行を遅らせるのに役立ちます。病院では、医師や看護師、栄養士、社会福祉士、心理士などの医療・介護スタッフが中心となって、患者に対して生活習慣を改善するアドバイスを行います。
④「当事者グループへの参加」
若年性認知症の患者や家族は、病気に関する情報を共有し、相互に支援しあうためのサポートグループへの参加を促されることがあります。社会で元気に暮らす当事者と交流することで病気への不安が軽減し、抑うつ症状やそれらに付随する諸症状を改善することが期待されます。
10代・20代でも起こりうる! 「若年性認知症」特有の課題とは?
若年性認知症は、症状こそ高齢者の認知症と同じですが、若い世代ならではの課題が生じやすいのが特徴です。
とくに10代は学生生活を送っている方、20代以降であれば仕事をしたり、家庭を持っている方も少なくありません。それぞれのライフステージによっても違いがありますが、一般的にどういった問題が発生するのでしょうか?
就労を継続するのが難しい
認知症を発症すると、それまで続けていた仕事を継続するのが難しくなるケースが少なくありません。
それまで通り業務を行うのが難しくなるだけでなく、コミュニケーションがうまくとれなくなったり、感情をコントロールしにくくなったりと、様々な面で困難が生じることが予想されます。
しかし、一旦退職してしまうと再就職するのはなかなか難しいため、できる限り同じ職場で働けるのが望ましいといわれています。
一定の障害状態であることが認められれば障害者雇用枠として働き続けることもできるので、早期受診で診断につなげ、会社と今後の働き方について相談をしましょう。
経済的な負担が大きい
就労の問題に伴って発生するのが、経済的な問題です。一家の大黒柱であれば、収入源に直結するので、深刻な問題となるでしょう。
また、認知症治療のための医療費や介護費の負担が増したり、家族が労働量を減らしたりすることによる影響も少なくありません。
患者自身は自立支援医療や傷病手当金、年金など、家族は介護休暇を取得するなど、公的支援をうまく活用しながら生活していく必要があります。
主介護者が親や配偶者になりがち
高齢者の認知症であれば、介護の担い手は配偶者や子どもである場合が多く、準備や心づもりも比較的出来ているケースが少なくありません。
しかし、若い年齢で発症した場合、介護の担い手は「高齢の親」や「配偶者」になることが予想されます。高齢の親であれば自分や配偶者の介護リスクも高まっているでしょうし、夫や妻であれば子どもの世話もあるでしょう。
介護者一人に介護負担がかかりやすい上、そもそも若い年齢での発症による精神的なショックが重なることで、生活そのものが破綻するリスクが危惧されます。
子どもの養育問題が発生する
若年性認知症の患者は子育てをしているケースも少なくなく、養育面の問題が顕著です。金銭的な負担はもちろんのこと、両親が介護者・被介護者になることで子育てへの影響も少なくありません。
子どもが親の病気に対して不安やストレスを感じたり、関係性が変化したりすることも考えられるため、子どもの心のケアにも目を向ける必要があります。
治療法が不足している
若年性認知症の治療は高齢者の認知症と同じように、薬物療法をはじめとして多岐にわたるアプローチが用いられています。しかし、患者数の少なさから効果的な治療法や治療の機会が整備されているとは言い難い状況です。
とくに、音楽療法などの非薬物療法は、高齢者を対象にしたものに比べて、若年性認知症に特化して開催されている回数自体が少なく、十分な支援体制が整っているとはいえません。
患者の生活の質を支えるためには専門的な治療に加え、家族や周りの人々のサポートが重要です。
10代・20代〜60代前半で認知症と診断されたらどうする?「まずやるべき4つのこと」
最後に、実際に若年性認知症と診断されたらどうすればよいのか、「まず、やるべき4つのこと」を確認してみましょう。
一般的に認知症はゆっくりと進行していきます。これから先の人生をより過ごしやすくするために、前向きに生活の基盤を整えていきましょう。
① 職場に相談する
まずは、職場に相談しましょう。認知症は進行性の疾患なので、業務に支障をきたすことが予想されます。今後起こりうる症状や治療法について職場で共有しておくことが重要です。休職や退職の際に使える支援もあるので、早めに情報収集しておきましょう。
② 公的支援・制度を確認する
就労や金銭面、医療面で使える公的支援も充実しています。すぐにでも使える制度はどういったものがあるのか、今後使う可能性が出てくるのはどういった制度なのか、あらかじめ確認しておきましょう。とくに、就労に関することは早め早めの対処が重要です。
一定の障害状態であることが認められれば「精神障害者保健福祉手帳」や、身体の状態によっては「身体障害者手帳」を取得することができ、企業の障害者雇用枠として働き続けることが可能な場合もあります。退職や休職を考える前に、使える制度があるか職場に相談してみましょう。
また、症状が進行したときは介護保険制度を使うことになります。自宅での暮らしを継続するのが難しくなったときに使える入居施設や、日帰りで通えるデイサービス、短期間の宿泊で使えるショートステイなど様々なサービスがあるので見てみましょう。
③ 生活の仕方を工夫する
認知症そのものの治療と平行して、生活の仕方を変えることも必要になります。とくに、進行性の認知症では症状が軽いうちに新しい生活スタイルに慣れておくことも重要です。起こりうる症状に備えて、習慣化していきましょう。
- 普段よく使うものは置く場所を決める
- 引き出しには何が収納されているのかラベルを貼る
- 財布や鍵、携帯電話などの貴重品は1つの袋にまとめる
- バッグや服に自分の名前と連絡先を記載しておく
- 家族の連絡先をメモにまとめておく
- スケジュール帳やメモ帳に重要なことを書き込む習慣をつける
- カレンダーは日めくりタイプにする
- 1度に飲む薬は「1包化」しておく など
④ 相談先を作っておく
若年性認知症は患者や家族が一人で問題を抱え込んでしまいがちです。かかりつけの医療機関や行政の窓口の他に、気軽に相談できる専門の相談機関や当事者グループを調べておきましょう。
若年性認知症に特化したコールセンターや支援機関のNPO法人もあるので、いざというときの “駆け込み寺” として連絡先を控えておくとよいでしょう。
まとめ
65歳以下の若い年齢で発症する「若年性認知症」。患者数自体は少ないものの10代や20代で発症する可能性もゼロとはいえず、決して他人事ではありません。症状は高齢者の認知症と同じですが、若い世代特有の課題も多いことから専門的なサポートが必須です。
就労やお金の問題、子どものことなど不安に思うことも多いと思いますが、活用できる制度は活用し、今後起こりうる症状に備えて前向きに準備していきましょう。
日本ではまだまだ若年性認知症に対する社会の認知度が低いのが現状です。認知症を発症しても慣れ親しんだ地域で “その人らしく” 暮らしていけるよう、家族や職場の同僚、友人、知人それぞれの立場から、ご本人の気持ちに寄り添ったサポートをしていけたらいいですね。
【参考資料】
● 東京都健康長寿医療センター研究所 『わが国の若年性認知症の有病率と有病者数』
● 厚生労働省 『若年性認知症実態調査結果概論』
● 社会福祉法人仁至会 認知症介護研究・研修大府センター『若年あ性認知症ハンドブック』
● 認知症介護研究・研修センター 『認知症介護情報ネットワーク』
● 独立行政法人東京都健康長寿医療センター 『若年性認知症の生活実態に関する調査報告書』